urashimono

otoshimonoの裏日記。すなわちemixがつらつらと適当に書きます。

カミングアウト2

実は3ヶ月ほど前、久しぶりに心療内科の扉をたたいた。
気持ちが落ち込んだときの沈み方が自分では制御しきれなくなってきたからだ。「自分は精神的ストレスに弱い」そんなことはこどもの頃から何となくわかっていることだったし、16年前のうつ病発症によりさらに明確になったことだから、今後も一生ケアする必要があることも承知だった。
でも、あの時の辛くて醜い思いはもう二度としたくない。あの時ココロの癌にまで発展した腫瘍は完治したはずで、今のこの落ち込みはいわばココロの風邪。毎日鼻水ジュルジュル状態でもいいから悪化は避けたい(=薬は飲みたくない)思いで、医師による診察ではなくカウンセラーによるカウンセリングを選んだ。
かれこれ6回ほどのカウンセリングで、最初は自分の生い立ちを順を追って話し、日々落ち込んだりイヤな気持ちになるときの事象と感情を具体的に言葉に表すという試みをしていくなかで、明確になった言葉のひとつ、それが「悔しい」という感情。
人間はときに「悔しい」という感情をバネに成長する。ただ、悔しいばかりでは成長しない。私の「悔しい」の大部分は「後悔」の「悔」。実はそのほとんどが若い頃に味わった悔しさに集約されているのだ。
なんという愚かな。もうどうすることもできない過ぎ去ってしまった日々に対する小さな悔しさのひとつひとつが、いろいろ形を変えて自分を蝕んでいる。そんな愚かなことは止めようと思えば思うほど、悔しさは強くなっていく。ツタのように絡み合って離れない。
何かをすれば「何故やってしまったんだろう」と悔やみ、何かをやらなければ「何故やらなかったのだろう」と悔やむ。時間が経てば経つほど過去は増えていくのだから、そのひとつひとつに悔しさを持ってしまうようでは自分が潰れてしまうのに。